カナダ 語学留学についての意見
クラスはレベル1から17まであり、人数次第でさらに中がA、B、Cと分かれる。
3が最高で、アルファベットではCがもっとも上になる。
クラスの発表には本当にドキドキした。
前にも触れたように、この学校は日本人が多いから、あまり下になったら恥ずかしいという気持ちが強かったからである。
結果は7b・自分ではもっと下のクラスを予想していたので、信じられない感じだった。
ケーブルテレビを熱心に見て、特に私が「オタク」的興味で見続けた天気予報専門チャンネルの文字字幕情報で覚えた、小雨という単語が偶然出たからだろうか。
あるいは、Bに払った高い授業料が無駄でなかったということだろうか。
私は一日嬉しくて、笑いをかみ殺して歩いていた。
8月半ばに終わる、全3か月のプログラムであった。
クラスのレベルを決めるプレースメントテストの日程表を見て、私は少しでも多く準備できるように、最終日を選んだ。
この歳になっても、染み着いた受験生根性は健在であった。
しかし授業の初日、私は緊張しまくっていた。
とにかく、「教室で授業を受ける」ということ自体、思えば10年以上していなかったわけだ。
毎Nに出ていた心臓はどうしたのだろう。
私はこのクラスについていけるのか、不安でいっぱいだった。
さて、壁伝いにグルリと椅子を置いた小さな教室に集まってきた同級生の多くはアジア人だった。
先生が1人ずつ名前を読みあげていくと、初めて誰が韓国人で、誰が日本人なのかわかった。
韓国人の名前は最初みな同じように聞こえてしまった。
メンバーは、日本人が私を含めて5人、韓国人が10人。
あとはタイ人とブラジル人が1人ずつだった。
最初の授業は自己紹介と、それぞれ隣の人にインタビューし、その人の経歴をまとめる作業だった。
私のパートナーは韓国人の男の子だった。
眼鏡をかけ、やせてもの静かな、ちょうど予備校の理科系のできるクラスによくいる感じの青年だった。
「インタビュー」ということ自体については、私はプロであったので、聞きたいことなどは、日本語では次々に浮かんできた。
だが、それを英語で言うときの言葉が出ないもどかしさに歯ぎしりをした。
次に私が彼のインタビューに答える番になって、私が、21年ニュースキャスターをやって、離婚してここに来たと言ったら、彼は「ほんとに?」と言ったまま黙ってしまった。
そして、「僕の経歴はとってもシンプルなんだ」と、シャイな笑顔を浮かべた。
このクラスにしがみついていくために、私はあらゆる努力をした。
授業は一週間20時間制。
つまり、入国管理局が「フルタイムの学生」とみなす条件をために、ここで英語を勉強しているのだと言った。
将来の夢は大学教授になることだと語った。
彼とは夏の間ずっと同じクラスにいた。
私はアメリカで英語の勉強を始めるにあたって、日本で何をしていたとか、そういうことはできる限り考えないでおこうと思っていた。
何も職業経験のない20歳の子も、私も、もっと年上の大人も、英語を学ぶという一点では同じスタートラインに立っているのであり、クラスではもちろん対等なのである。
むしろ有利なのは、頭の柔らかい若い人たちだ。
若い子たちに並ぶためには、私は彼らの何倍も努力しなければならないのだと思った。
十数年ぶりに教室で机を並べ、「宿題」をやり、「指名される」ことにハラハラしながら毎日を過ごすなんて、何と新鮮なこと!「キャスター」の経歴は、そうしてときどき外国人をびっくりさせることはあったが、私の中では、大切なのは真っ白な自分に改めてどんな絵を描くかであった。
英語を「社会科」でカバー1日に平均4コマの授業を、3人の先生が受けもっている。
映画のビデオを見たり、ニュースダイジェストのテープを聴いたりという授業も含まれている。
私は、空いている時間にこうしたテープを借りて何度も繰り返し聞き、リスニングの弱さを克服しようとした。
というより、次の授業で恥をかきたくなかったのである。
クラスを落とぎれないように、私はいつもビクビクしていた。
最初、先生の言っていることさえも、油断するとわからなくなってしまうことがあった。
英語の戯曲を読んで、人物の心理や場面展開の描写について話し合う授業は、まるで英文科に入り直したみたいだと思った。
プリントの設問には、慣れた生徒は指されてもすぐその場で考えて答えていたが、私にはとてもそんな余裕はなかったので、家で予習して、ビッシリと回答を書いていった。
間違った場所を答えてしまって、クラス中の笑いを誘ったこともあった。
助かったのは、ときどきNを使った授業があって、私はできるだけ新聞を読むようにしていたから、比較的自信をもって発言できたことだ。
この授業は、ニューヨークで多発していた人種間の軌蝶が招いた暴力事件をよく取りあげたので、その後の滞在中、ニュースを見る上でたいへん参考になった。
そしてある日、アメリカのすべての州の名前を白地図に書き入れる問題が出た。
地理というのも、私が「オタク」的に詳しい分野だったので、これで劣等生の気分から抜け出せると思うと、興奮して手が震え出してしまった。
私は50州のほとんどを正確に回答した。
世界にはたまにヘンな奴がいる、と、クラスメートたちはあきれていたようだった。
とにかく、私は英語の不出来を社会科の知識でカバーした。
がんばれば認められるのは、この他には作文の内容だと思った。
週末には必ず作文の宿題が出たのだが、私は、聞いたり話したりではほとんどのクラスメートに遅れをとっていたので、書くことくらいは家で時間をかければよいものができると思い、作文に相当力を入れた。
常識的には2〜3枚書けばよいのだが、「大統領とメディア」で6枚、「ニューヨークについて」で9枚書いた。
私の週末はこうした宿題のために眠れないほどだった。
せっかく先生に読んでもらうのだから、内容的にも面白くしたいと、たとえば「大統領とメディア」では、日本の宇野総理が芸者スキャンダルで辞任に追い込まれたいきさつを説明するとともに、政治家の個人的な不祥事に対する日本人やアメリカ人の受け止め方について考えてみた。
つまり、リーダーに実力がなければそれを理由にやめねばならなくなるが、政治状況次第では、世論はリーダーを、辞任にいたるほどの窮地に追い込むことはしない、ということだ。
「ニューヨーク」のエッセイでは、ホイットニー美術館でやっていたニューヨークをテーマにした特別展示を3回見に行って、マンハッタンの印象を衷泉といろいろ比較しながら、都会としての共通性と、マンハッタンはやはり特別に人々の夢をそそる存在である、と書いた。
「類義語辞典」を買い込み、新しい単語を積極的に使った。
そうするには類義語辞典の他にも英和辞典を必ず使い、結構な労力が必要だった。
3か月のコースが終わり、先生が私の最後の作文におほめの言葉を書いてくれたときには、本当に嬉しかった。
私のレベルは「8A」にあがっていた。
ニューヨークには、たくさんの英語学校がある。
私は早い時点でC大学のALPと決めてしまったので、他をまったく調べていない。
しかし、私にとって、ALPという選択は正解だったと思っている。
ついにカナダ 語学留学のサイトに来るユーザがカナダ 語学留学の何を求めているかということを理解しましょう。
カナダ 語学留学があれば全てが解決します。季節ならではのカナダ 語学留学です。
カナダ 語学留学を使用する機会が増えています。珍しいカナダ 語学留学のご紹介です。
そのオーストラリア 語学留学の購入関心度が高まっています。一日で効果がわかるオーストラリア 語学留学です。
こだわるならオーストラリア 語学留学の実力を測定してみましょう。素敵なオーストラリア 語学留学をお届けします。
オーストラリア 語学留学の正体が明らかになります。CMでおなじみのオーストラリア 語学留学です。
イギリス留学を笑って続けよう!こだわりが詰まったイギリス留学です。
しつこいイギリス留学の最安値を見つけよう !マルチに活用できるイギリス留学です。
今イギリス留学を幅広くご活用下さい!和の心を加えたイギリス留学です。
海外語学留学の登場です。海外語学留学は常に絶対的なシェアを誇っています。
幅広い分野の海外語学留学に対応しています。利用価値のある海外語学留学です。
海外語学留学を捉えてみました。結局海外語学留学が便利です。
こだわるならアメリカ 語学留学の差に驚きました。気軽にアメリカ 語学留学が探せます。
業界初のリラクゼーションアメリカ 語学留学のほうが現代性を感じます。アメリカ 語学留学の検索がとっても楽になりました。
アメリカ 語学留学のお手伝いをのため、便利で楽しいアメリカ 語学留学が満載です。
イギリス 語学留学に注目が集まっています。基本機能も充実したイギリス 語学留学です。
結局イギリス 語学留学は万全ですか?イギリス 語学留学をすばやく探せます。
イギリス 語学留学のコツをつかむためのサイトです。あなたの夢を実現するイギリス 語学留学が満載です。
